Music's Gonna Set Me Free...
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ロニー・ジェイムズ・ディオの追悼ムードが冷めやらぬうちに、またしてもメタル界に激震を与えるニュースが届いてしまいました。昨日朝の時点で既にTwitterでこのニュースを目にして「ウソだろ?」とショックを受けましたが、バンドからの正式な発表があるまではこの件についてのポストを控えることにしました。しかし今日残されたSLIPKNOTのメンバーが会見を開き、ついにこの事実を受け入れざるを得ない時が来てしまいました。会見の詳細な内容はこの文章を書いている時点ではまだ届いていませんが、中には話ができないメンバーもいて、バンドの悲しみの大きさが伝わってきます。なお、今日ポールの検死が行われましたが、死因は特定できなかったということです。

正直なところ、ポールはSLIPKNOTの中ではコリー、ジョーイ、ショーンあたりの影に隠れて目立たない存在ではありましたが、コリー加入前はヴォーカルもとっていたオリジナル・メンバーの一人であり、作曲面でも大きく貢献していたということで、ブライアン・フェア(SHADOWS FALL)追悼コメントにおける「メタル界にとっての巨大な損失だ」というのは決して大袈裟ではないのだと思います。

となると、気になるのは当然SLIPKNOTの今後です。今年はコリーとジェイムズのSTONE SOURが新作リリースを控える他、ジョーイもMURDERDOLLSを再始動するということで、今度の一件がなかったとしてもSLIPKNOTの新作リリースは早くて2012年になるだろうと思っていましたが、バンド、ファン双方にとって、この9人でこそSLIPKNOTだという思いは当然あるでしょうから、代わりを探すというのはすぐには考えられないでしょう。

この一件がヤフーニュースのトップでも報じられるほど、現在日本においてヘヴィ・メタルを若者にアピールできる数少ないバンドとなっていたSLIPKNOT。昨年末のザ・レヴ(AVENGED SEVENFOLD)といい、現在メタルの最前線で活躍するバンドのメンバーが続けて急死してしまうのは本当にショックだとしか言いようがありません。デビュー時からずっと追いかけてきて、「LOUD PARK 08」で遂に念願のライヴ参戦を果たした僕も、このショックを乗り越えて必ずや復活してほしいと切に願うばかりです。

Rest In Peace, Paul Gray...
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From DIO Official Website

朝起きてパソコンをつけてネットをチェックしていたら、ふとこのニュースが飛び込んできて、頭の中が真っ白になりました。とりあえずTwitterにメッセージを残して仕事のため家を出ましたが、ずっとこの事実が頭から離れませんでした。

この夏に予定されていたHEAVEN & HELLのフェスティヴァル出演がすべてキャンセルされた時から雲行きが怪しいと思ってはいましたが、まさかこんなにも早くその時がやってきてしまうとは...。今もまだ、この事実を信じられない、受け入れたくない気持ちでいっぱいです。

「Rainbow Rising」「Heaven And Hell」「Holy Diver」といった名盤を送り出したディオは常々“様式美の権化”として語られてきましたが、その一方で「Dehumanizer」以降、周囲に何を言われようとも真にヘヴィな音楽としてのHMを追求しており、僕はディオのヴォーカルの素晴らしさ、格好良さは勿論のこと、その姿勢からディオを真のヘヴィ・メタル・アーティストとしてリスペクトしていました。その想いが結実したのが、遺作となった昨年の「The Devil You Know」であり、僕はこのアルバムを昨年の年間ベストに何の迷いもなく選ぶこととなりました。しかし、本作の曲をライヴで聴くことは遂に叶わぬ夢となってしまいました。

僕が生でディオを観たのは「LOUD PARK 06」DIO「LP07」HEAVEN & HELLの2回ですが、特に"Kill The King" "Long Live Rock 'n' Roll" "Heaven And Hell"など、RAINBOWSABBATHの持ち歌も含めて名曲を惜し気もなく連発した DIOのステージにはとてつもない感銘を受けました。その中でディオが叫んだ"Long Live Loud Park And Rock 'n' Roll!"という一言は今も僕の心の中に残り続けています。

67歳になっても引退を宣言することなく、世界最高のヘヴィ・メタル・ヴォーカリスト、ヘヴィ・メタル・アーティストの一人として世を去ったディオの偉大さを、僕は永遠に忘れることはないでしょう。Twitterにも書きましたが、最後にもう一度だけ言わせてほしい...

Long Live Rock 'n' Roll, Long Live Ronnie James Dio!!!
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RATING: 9/10

衝撃のデビュー作Apocalyptic Feastingに続く待望の2作目。前作リリース後にリズム・セクションが交代しましたが、持ち前の超絶技巧に何ら陰りが見えることはなく、むしろその技巧をこれでもかと見せつけることにますます自覚的になった感があり(ヴォーカル・スタイルがほぼグロウルに一本化され、楽器陣の演奏に重きを置く方向に進んだプロダクションもその表れでしょう)、その意味では前作にハマったファンの期待に100%応えたものといえます。ノーマル・ブラストとグラヴィティ・ブラストを巧みに切り替えて超高速のまま緩急を使い分ける(妙な表現ですが)リズム・ワークに、もはやどこまでがソロなのかオブリガードなのか判らなくなっているギター、そのギターに自在にまとわりつくベースが交錯する、複雑を通り越してもはや無意味としか言いようがなくなった曲展開のすべてが技巧を見せつけるためだけに存在しており、崩壊と紙一重のアンサンブルを立て続けにキメまくる演奏はもはや芸術の域に到達したと言ってもいいでしょう。だからもうこのバンドに対して「曲の区別つかねー」というのはナンセンスでしかなく、聴き手はこの激音にひたすら掻き回されに行くのが正しい聴き方かもしれません。

唯一曲展開らしい展開が聴けるラストのタイトル・トラックはなんと11分にも及ぶ、ブルータル・デスの限界を突き破らんかとする異例の超大作(ランニング・タイムは16分ですが、すべてを出し切って燃え尽きたかのごとく最後の5分は静寂のSEで締めくくられます)。ここまでやってしまって今度こそ次は大丈夫か、という懸念も湧いてきますが、もうこのバンドはこの路線のまま突き進むしかない。
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COLOSSEUMとくれば次は当然COLOSSEUM IIです。TEMPESTでの活動中にクラシック曲「ピーターと狼」(数年前にソフトバンクのCMで流れていたあの曲です)のジャズ・ロック化プロジェクトに参加したジョン・ハイズマンがそのセッションでゲイリー・ムーア(G)と知り合ったことがきっかけとなり、TEMPEST解散後に即座に新バンドの結成に向かうこととなりました(ちなみに、このセッションからBRAND Xも結成されています)。その音楽性はCOLOSSEUMのジャズ・ロック/R&BスタイルともTEMPESTのHRスタイルとも異なる、当時流行していたRETURN TO FOREVERを始めとするフュージョンに影響を受けたものであり、ハイズマン自身もその2バンドとは全く別物という意識のもと、結成当初はGHOSTSと名乗っていましたが、どのレコード会社からもCOLOSSEUMナントカと名乗らなければ契約しないと言われたため、渋々COLOSSEUM IIと改名してBronzeとの契約に漕ぎ着け、'76年にデビュー作「Strange New Fresh」をリリースしました。

そのデビュー作にはムーアの他ニール・マーレイ(B)、ドン・エイリー(Key)という後にHR/HMシーンで活躍する凄腕が参加し、TEMPESTをよりジャジーかつプログレッシヴな方向へと進めた音楽性を展開しましたが、マーレイとマイク・スターズ(Vo)が脱退した後、インスト主体のテクニカル・フュージョンに方向性を定めて2枚のアルバムをリリースしました。その2枚はどちらも甲乙つけ難い力作ですが、ここでは'77年リリースの3作目にして最終作となった「Wardance」をご紹介します。プログ・ジャズ・ロックという潮流を作り上げたCOLOSSEUMに対し、COLOSSEUM IIは一部のコアなプログ・ファンの間では「他人が作り上げたスタイルに乗っかっただけで独自性に欠ける」という批判もあるようですが、いざ音だけを聴いていくと“後発組”ならではのスリルを味わうことができます。その最高到達点といえるのが下の動画でも取り上げた"The Inquisition"であり、ここで聴けるムーアの凄まじい速弾きとエイリーのキーボード、ハイズマンの疾風怒濤の高速ドラムとの絡みが生み出すエキサイトメントは他では味わえないものだったと言ってもいいでしょう。COLOSSEUM IIが作り上げた音楽性はムーアの80年代のHR化に寄与したのは勿論のこと、後のHRギター・インストやプログ・メタル勢にも多大な影響を与えたといえるでしょう。

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RATING: 8/10

2年ぶりの3作目。前作「Scream Aim Fire」は自分達をスクリーモだという連中に対して「俺達はメタルだ」という意思表示として意図的にスラッシーでアグレッシヴな作りにしたということですが、その割にはポップな側面が目立っていてどっちつかずな印象を抱いたものですが、その気負いが無くなった今作では前作同様にメロディアスなヴォーカルが主体ではあるもののポップに行きすぎることなく、元々目指していたであろう80年代型王道メタル・サウンドに現代的な感性を持ち込んだスタイルに方向性が絞り込まれた、というところです。

ドン・ギルモアによる徹底的にプロフェッショナルに仕上げられたプロダクションや、前作よりも力強さを増したとはいえいかにも現代のバンドらしいマット・タックのエモ的な声質、さらにその声で歌われるメロディが今一つ地味なこともあり、前作に感じられた優等生的な印象は今作でもそのままではありますが、前述の方向性の絞り込みや、終盤に速い曲を固めるなど全体の流れに気を遣った曲順の効果もあり、不思議とリピートしたくなる求心力が備わっています。これがライヴだとどうなるのか、という興味も湧いてきますが、ラインナップ発表目前で無くなった「SUMMER SONIC」での来日に代わるものがあるとすれば、やはり「LOUD PARK」か?
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第8回に突入した「ジャズ・ロックの華麗なる世界」、いよいよジャズ・ロックを語る上で決して避けては通れない最重要バンド、COLOSSEUMの登場です。

このバンドはGRAHAM BOND ORGANIZATIONJOHN MAYALL BLUES BREAKERSで活動してきたジョン・ハイズマン(Ds)がかつての同僚ジャック・ブルースらによるCREAMの活躍に触発され、既存のロックやジャズの垣根を越える新たなサウンドを目指して結成されました。'69年リリースのデビュー作「Those Who Are About To Die We Salute You」の時点ではまだブルース・ロックやR&Bの色合いを強く残してはいましたが、ハイズマンの豪快なドラムを軸とするドライヴ感溢れるサウンドには既に単なるR&Bの枠を超えたエナジーが感じられました。そして今回ご紹介する、同年リリースの2作目「Valentyne Suite」でこれらの諸要素の解体、再構築が推し進められることにより、当初の目論見であったロック、ジャズ、R&Bの境界をブチ破った革新的なスタイルが遂にその全貌を現すこととなりました。その根幹を成すのはやはりハイズマンであり、彼の手数足数を駆使した凄まじいドラムに引っ張られるように他のメンバーもテンションの高い演奏を繰り広げる。それがピークに達するのが17分に及ぶ3部構成の組曲タイトル・トラックであり、まだプログレッシヴ・ロックという概念が存在していなかった当時のシーンにおいて、その先駆けとなるスタイルを提示したエポック・メイキングな1枚となりました。ちなみに本作はかのVertigoレーベルのカタログ・ナンバー1番を授かった記念すべき1枚でもあります。

バンドは本作の後ヴォーカルをクリス・ファーロウ、ギターを元BAKERLOOのデイヴ“クレム”クレムソンに代えて翌'70年に3作目「Daughter Of Time」をリリースしますが、メンバー全員がリーダーを張れるほどのセンスの持ち主であったが故にエゴの衝突が絶えず、スタジオ盤以上に驚異的なテンションの演奏が繰り広げられる名作ライヴ盤「Live」を'71年にリリースした後あっけなく解散。ハイズマンはTEMPESTを経てCOLOSSEUM IIを結成、クレムソンはピーター・フランプトンの後任としてHUMBLE PIEに加入、デイヴ・グリーンスレイド(Key)は自身の名を冠したGREENSLADEを結成、ディック・ヘクストール=スミス(Sax)はCOLOSSEUMの音楽性を継承したソロ・アルバムをリリースしました。メンバーにスター性を持った人物がいなかったため、ネーム・ヴァリューでは同期のCREAMLED ZEPPELIN等に大きく水をあけられることになってしまいましたが、音楽的な功績という点ではその2バンドには全く引けをとっていないと断言できる、ブリティッシュ・ロック史に語り継がれるべき名バンドです。
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