Music's Gonna Set Me Free...
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
etna.jpg

「ジャズ・ロックの華麗なる世界」久々の10回目にご紹介するのは、イタリアの4人組ETNAが'75年にリリースした唯一のアルバムです。結成当初はFLEA ON THE HONEYと名乗っており、その後FLEAと改名していますが、その頃リリースした2枚のアルバムはブリティッシュHR色の強い音楽性だったようです(僕は未聴)。その後またもETNAと改名してリリースした本作は、それまでのHRスタイルとは異なり、真っ向からRETURN TO FOREVERに勝負を挑んだかのようなテクニカル・フュージョンに音楽性を一変させました。楽曲面ではファンキーなスタイルが主体となっていますが、HR時代から引き継いだ音数の多さと重量感を伴ったリズム・セクションにより、パワーとスピード感が加味されているのがロック・サイドのリスナーにとってはポイント高いのではないでしょうか。アンサンブルを重視したキャッチーな曲調ながら、いかにもフュージョン的なメロウさよりもプログレやHR的な緊迫感が際立ち、そこにイタリアらしい叙情性がアクセントをつける、この1枚で終わってしまったことが惜しまれる聴き応えのあるアルバムです。

解散後、アゴスティーノ・マランゴロ(Ds)はGOBLINに加入。その縁で本作はGOBLINファミリー・シリーズの1枚として今年1月にベル・アンティークから紙ジャケSHM-CDで再発されています。
スポンサーサイト
wardance.jpg

COLOSSEUMとくれば次は当然COLOSSEUM IIです。TEMPESTでの活動中にクラシック曲「ピーターと狼」(数年前にソフトバンクのCMで流れていたあの曲です)のジャズ・ロック化プロジェクトに参加したジョン・ハイズマンがそのセッションでゲイリー・ムーア(G)と知り合ったことがきっかけとなり、TEMPEST解散後に即座に新バンドの結成に向かうこととなりました(ちなみに、このセッションからBRAND Xも結成されています)。その音楽性はCOLOSSEUMのジャズ・ロック/R&BスタイルともTEMPESTのHRスタイルとも異なる、当時流行していたRETURN TO FOREVERを始めとするフュージョンに影響を受けたものであり、ハイズマン自身もその2バンドとは全く別物という意識のもと、結成当初はGHOSTSと名乗っていましたが、どのレコード会社からもCOLOSSEUMナントカと名乗らなければ契約しないと言われたため、渋々COLOSSEUM IIと改名してBronzeとの契約に漕ぎ着け、'76年にデビュー作「Strange New Fresh」をリリースしました。

そのデビュー作にはムーアの他ニール・マーレイ(B)、ドン・エイリー(Key)という後にHR/HMシーンで活躍する凄腕が参加し、TEMPESTをよりジャジーかつプログレッシヴな方向へと進めた音楽性を展開しましたが、マーレイとマイク・スターズ(Vo)が脱退した後、インスト主体のテクニカル・フュージョンに方向性を定めて2枚のアルバムをリリースしました。その2枚はどちらも甲乙つけ難い力作ですが、ここでは'77年リリースの3作目にして最終作となった「Wardance」をご紹介します。プログ・ジャズ・ロックという潮流を作り上げたCOLOSSEUMに対し、COLOSSEUM IIは一部のコアなプログ・ファンの間では「他人が作り上げたスタイルに乗っかっただけで独自性に欠ける」という批判もあるようですが、いざ音だけを聴いていくと“後発組”ならではのスリルを味わうことができます。その最高到達点といえるのが下の動画でも取り上げた"The Inquisition"であり、ここで聴けるムーアの凄まじい速弾きとエイリーのキーボード、ハイズマンの疾風怒濤の高速ドラムとの絡みが生み出すエキサイトメントは他では味わえないものだったと言ってもいいでしょう。COLOSSEUM IIが作り上げた音楽性はムーアの80年代のHR化に寄与したのは勿論のこと、後のHRギター・インストやプログ・メタル勢にも多大な影響を与えたといえるでしょう。

colosseum.jpg

第8回に突入した「ジャズ・ロックの華麗なる世界」、いよいよジャズ・ロックを語る上で決して避けては通れない最重要バンド、COLOSSEUMの登場です。

このバンドはGRAHAM BOND ORGANIZATIONJOHN MAYALL BLUES BREAKERSで活動してきたジョン・ハイズマン(Ds)がかつての同僚ジャック・ブルースらによるCREAMの活躍に触発され、既存のロックやジャズの垣根を越える新たなサウンドを目指して結成されました。'69年リリースのデビュー作「Those Who Are About To Die We Salute You」の時点ではまだブルース・ロックやR&Bの色合いを強く残してはいましたが、ハイズマンの豪快なドラムを軸とするドライヴ感溢れるサウンドには既に単なるR&Bの枠を超えたエナジーが感じられました。そして今回ご紹介する、同年リリースの2作目「Valentyne Suite」でこれらの諸要素の解体、再構築が推し進められることにより、当初の目論見であったロック、ジャズ、R&Bの境界をブチ破った革新的なスタイルが遂にその全貌を現すこととなりました。その根幹を成すのはやはりハイズマンであり、彼の手数足数を駆使した凄まじいドラムに引っ張られるように他のメンバーもテンションの高い演奏を繰り広げる。それがピークに達するのが17分に及ぶ3部構成の組曲タイトル・トラックであり、まだプログレッシヴ・ロックという概念が存在していなかった当時のシーンにおいて、その先駆けとなるスタイルを提示したエポック・メイキングな1枚となりました。ちなみに本作はかのVertigoレーベルのカタログ・ナンバー1番を授かった記念すべき1枚でもあります。

バンドは本作の後ヴォーカルをクリス・ファーロウ、ギターを元BAKERLOOのデイヴ“クレム”クレムソンに代えて翌'70年に3作目「Daughter Of Time」をリリースしますが、メンバー全員がリーダーを張れるほどのセンスの持ち主であったが故にエゴの衝突が絶えず、スタジオ盤以上に驚異的なテンションの演奏が繰り広げられる名作ライヴ盤「Live」を'71年にリリースした後あっけなく解散。ハイズマンはTEMPESTを経てCOLOSSEUM IIを結成、クレムソンはピーター・フランプトンの後任としてHUMBLE PIEに加入、デイヴ・グリーンスレイド(Key)は自身の名を冠したGREENSLADEを結成、ディック・ヘクストール=スミス(Sax)はCOLOSSEUMの音楽性を継承したソロ・アルバムをリリースしました。メンバーにスター性を持った人物がいなかったため、ネーム・ヴァリューでは同期のCREAMLED ZEPPELIN等に大きく水をあけられることになってしまいましたが、音楽的な功績という点ではその2バンドには全く引けをとっていないと断言できる、ブリティッシュ・ロック史に語り継がれるべき名バンドです。
OneOfAKind.jpg

前回のBRAND Xに続いて、プログレから本格的にジャズを目指したドラマーの代表格であるビル・ブラッフォードが自身の名を冠して結成したバンド、BRUFORDの'79年リリースの2作目をご紹介します。

前作では元HATFIELD AND THE NORTHNATIONAL HEALTHのデイヴ・スチュアート(Key)が持ち込んだカンタベリー・スタイルが大勢を占めていましたが、この後U.K.結成~脱退を挟んで制作された本作には当然U.K.の延長線上にあるテクニカルなジャズ・ロック・サウンドも持ち込まれており、ブラッフォード以外のメンバーの見せ場も前作以上に増え、スリリングなテクニックのぶつかり合いとカンタベリーらしい叙情性/幻想性、フュージョン的な硬質な感触が高次元で融合した高い完成度が示されています。前作には女性ヴォーカリストのアネット・ピーコックが参加していましたが、その歌メロは奇怪なものであり、本作でさらに演奏重視に傾いたとなればさらにヴォーカルが入りこむ余地はないということで、本作は全編インストとなりましたが、このテンションの高さから見れば仕方がないように思います。また前作と本作にはアラン・ホールズワース(G)が参加していますが、本作ではそれまでの超絶技巧が抑えめであり、本作をもって脱退してしまうのは致し方ないといったところでしょうか。

バンドはホールズワースの後任としてジョン・クラークを迎えてライヴ盤と3作目をリリースした後解散、ブラッフォードは元YESのパトリック・モラーツ(Key)との共演を経て再結成KING CRIMSONに参加した後、本格的なジャズを追求すべく結成したEARTHWORKSを中心として活動してきましたが、60歳を目前に控えた2008年をもって音楽活動からの引退を表明しました。
brandx2.jpg

プログレッシヴ・ロック・バンドのドラマーはもともとジャズの素養を持っていた人が多く、ある程度のキャリアを積むと本格的にジャズ/フュージョンに取り組みたいと思う人たちも出てくるようになりました。その代表といえるのはビル・ブラッフォードですが、後に世界的なポップ・スターとなるフィル・コリンズもその一人でした。そのコリンズがGENESIS在籍中に参加したことで日本でも有名なのがBRAND Xです。コリンズのネーム・ヴァリューが大きすぎるせいか、一部ではコリンズのサイド・プロジェクト的な見方もされましたが、実際は元ATOMIC ROOSTERのジョン・グッドソール(G)と元LIVERPOOL SCENEのパーシー・ジョーンズ(B)を中心にして結成されており、当時GENESISでヴォーカルもとるようになっていたコリンズは彼らに誘われる形で、この機を逃してはいかんとばかりに加入したようです。

今回ご紹介するのは'77年にリリースされた2作目「Morrocan Roll」で、前作に収録された超名曲"Nuclear Burn"に代表されるハイパー・テクニカル・ジャズ・ロックとメロウなフュージョンという2本柱のスタイルをさらに突き詰めたサウンドを展開しています。その中で一際強いインパクトを残すのがジョーンズのフレットレス・ベース。彼の変態的な超絶技巧がバンドの音楽性を決定づけているといってもいいでしょう。他のメンバーもジョーンズと対等に渡り合う形で複雑極まりないアンサンブルを軽々とキメてしまうところが何とも凄まじい。当時の他のジャズ・ロック・バンドと比べても圧倒的にフュージョン色が強いですが(実際、レコード店でジャズ/フュージョンのコーナーに並んでいたのを見たことがあります)、全体を覆う硬質な感触とテンションは紛れもなくジャズ・ロック。出だしにメロウな曲が並ぶためロック的な視点から見ると掴みは弱いですが、中盤からの熱気に満ちた演奏に一気に引き込まれる1枚です。

バンドは同年リリースの名作ライヴ盤「Livestock」リリース後、グッドソールとジョーンズ以外のメンバーが流動的となり、3枚のアルバムをリリースした後'80年に活動を停止、'93年にジョーンズのソロ活動と並行する形で活動を再開しますが、'97年の「Manifest Destiny」を最後に完全に活動を停止、ジョーンズを中心とする残党3名はそのまま新バンドTUNNELSに移行し、よりプログレッシヴなジャズ・ロックを追求していきます。
Spectrum_album.jpg

「ジャズ・ロックの華麗なる世界」の5回目にご紹介するのは、マイルス・デイヴィスのバンドを経てMAHAVISHNU ORCHESTRAに参加したパナマ人ドラマー、ビリー・コブハムが'73年にリリースした初のリーダー・アルバムが「Spectrum」です。本作にはMAHAVISHNUの同僚ヤン・ハマー(Key)とトミー・ボーリン(G)が参加し、エレクトリック・マイルス~MAHAVISHNUの流れに位置しつつ、よりロック寄りに踏み込んだサウンドを展開しています。

なんといってもオープニングの"Quadrant 4"。これはジャズ・ロックの域を超えてほとんどハード・ロックと言ってもいいワイルドなドライヴィング・チューン。コブハムの傍若無人なドラミングと対等に渡り合うボーリンのギターがクールであり、かのDEEP PURPLEがリッチー・ブラックモア脱退時、この曲を聴いてボーリンに後任として白羽の矢を立てた、という有名なエピソードがあります。本作ではこの曲が異色の存在であり、2曲目以降は南米系のホットなノリを感じさせつつファンキーに展開していくフュージョン・スタイルが主体となりますが、ドラムは全編通して熱く、手数の多さとスピード、パワーに加え、正確無比なタム回しでロック的なエナジーとテンションを放出していきます。というわけで本作はフュージョンの名盤として認知されていますが、ジャズ・ロックの視点からも聴くべき点の多い1枚といえるでしょう。コブハムは現在65歳ですが未だ現役で活動中です。
backdoor.jpg

ジャズ・ロックというとギター、ベース、ドラム、キーボードといった編成に加えホーン・セクションやヴィブラフォンといった楽器が加わり大人数になる傾向がありますが、今回ご紹介するイギリスのBACK DOORはサックス、ベース、ドラムというユニークなトリオ編成でジャズ・ロックに挑んだバンドです。本作は'72年に自主制作でリリースされ、翌年Warner Bros.から出し直されたセルフ・タイトルのデビュー作で、後に歌入りの曲も取り入れフェリックス・パパラルディやカール・パーマーのプロデュースによりロック色をさらに強めていきますが、本作の時点では全編インストのファンキーなジャズ・ロックをプレイしていました。ギターレスの編成ということで当然音圧の面では他のバンドに比べて劣ることになりますが、逆にその音の隙間と最小限のトリオ編成を十二分に生かしたスリリングなインスト・バトルを心ゆくまで満喫できる1枚といえるでしょう。特に強いインパクトを残すのがベースであり、サックスとの高速ユニゾンを実に軽々とキメてみせたり、普通はアンサンブルのメインとなるサックスをバッキングにまわしてリード・プレイをキメるなど、その圧倒的なテクニックに思わず耳を奪われてしまいます。

なお、そのメチャウマなベースをプレイするのは後にコージー・パウエルのソロ活動への参加を経てWHITESNAKE「SLIDE IT IN」に参加するコリン・ホッジキンソン。今考えるとここまで派手に弾ける人が何故WHITESNAKEなのか、という思いが残りますし、そこでのプレイもリミックスでニール・マーレイ(この人のキャリアも遡っていくと意外なところに辿り着きますが、それはまた後日...)のテイクに差し替えられてしまうわけで、このBACK DOORでのプレイを聴くたびに、なんだかなぁという気持ちになってしまいます。
arti_giro.jpg

前回ご紹介したAREAと並び、イタリアン・プログ・ジャズ・ロックの最高峰に位置するバンドと称されているのがARTI E MESTIERIです。特に'74年リリースのデビュー作「Tilt」はジャズ・ロック史に残る超名盤として語り継がれる1枚とされていますが、当ブログ的にはその1stの路線を引き継ぎつつ、より演奏重視に傾いた'75年リリースの2作目「Giro Di Valzer Per Domani(明日へのワルツ)」を推したいと思います。

このバンドを語る際になんといっても外せないのがフリオ・キリコの強烈なドラミング。恐ろしいほどの手数足数を駆使して必要以上と思えるほどにスピーディに叩きまくるプレイにまず耳を奪われますが、そのドラムに絡むインスト陣もタイトな技巧を聴かせつつスムーズに流れるようなプレイに終始し、凄まじくテクニカルでありながらも優雅なサウンドを展開しています。スタイルとしてはMAHAVISHNU ORCHESTRAの影響下にあると思われますが、そのインド風味とスピリチュアルなムードをバロック音楽の格調に置き換えたと言えば判り易いでしょうか。本作では新たに専任のヴォーカリストを迎え、曲もコンパクトにまとめられたものが並びますが、その一方で演奏はより激しさを増しています。特にキリコは最初は抑制したプレイで始めるものの、途中からもうガマンできんといわんばかりに激しく叩きまくる。その瞬間のカタルシスが個人的には本作の魅力と感じています。それでいて前作で提示した高度な演奏と優雅な世界観が依然として高次元で両立されており、そこにこのバンドの力量を見ることができます。しかし本作リリース後、作曲面の中心人物であったジジ・ヴェネゴーニが脱退してその勢いは急激に衰え、その後バンドは解散~再結成を繰り返しつつ現在も活動中です。
area.jpg

イギリスに次ぐプログレ大国であるイタリアにも当然ジャズ・ロックを指向するバンドはいくつも存在しましたが、その中でも唯一無二ともいえる独自性を打ち出したのが今回ご紹介するAREAです。

音楽性の根本にあるのは当然ジャズ・ロックですが、その枠にとどまらない圧倒的な個性を'73年リリースのデビュー作となる本作「Arbeit Macht Frei(自由への叫び)」にして早くも確立しています。イタリアらしい熱気と地中海のエキゾチックなムードを振りまきつつインスト陣が驚異的な演奏を激しくぶつけ合うサウンドもさることながら、最大の特徴といえるのがデメトリオ・ストラトスのヴォーカル。独特の歌唱法で歌われる妖艶なメロディに加え、時にインストの一部と化して演奏と渡り合うエキセントリックなスキャットが圧巻。このヴォーカル・パフォーマンスや怒涛のインプロヴィゼーションによって単なるジャズ・ロックの域を超えたとてつもないエナジーを生み出し、聴き手をグイグイと自らの世界に引き込んでいく求心力は今なお色褪せていません。

バンドはこの後本作の路線を維持しつつフリー・ジャズやノイズ・アヴァンギャルドなども取り入れてその音楽性を拡大、ライヴ盤も含め5枚のアルバムをリリースしますが、'79年にバンドの顔であったストラトスが白血病のため死去、残されたメンバーはこのショックから立ち直れず、その翌年に解散。'97年に再結成されますが、'00年にジュリオ・カピオッツォ(Ds)の死去によりバンドはその歴史に永遠に幕を下ろすことになりました。
holdsworthiou.jpg

2010年より開始する新企画は「初期スラッシュ・メタルの素晴らしき世界」に続く特定ジャンル探究企画の第2弾です。そのジャンルは僕がここ数年ずっとハマっている“ジャズ・ロック”です。プログレッシヴ・ロックの進化にも多大な貢献を果たしたジャズ・ロックですが、音楽的には“ロックのビート感や演奏スタイルを取り入れたジャズ”から“ジャズの高度な演奏力を持ち込んだロック”まで多岐に亘っているのが特徴です。ここではジャズ・ロックが全盛であった60年代末~80年代初頭にリリースされた作品の中から、このブログで取り上げるに相応しいエキサイティングな作品を国籍を問わずピック・アップしてご紹介します。取り上げる予定の作品はスラッシュ編に比べて格段に多いのでかなりの長期に及ぶと思いますが、なんとか挫折することなくやり遂げたいと思います。

まず最初にご紹介するのは、以前TEMPESTのエントリーでフェイヴァリット・ギタリストの1人として取り上げたアラン・ホールズワースです。彼がシーンに出てきた当初は所属したバンドのほとんどをアルバム1枚のみで抜けてしまうため“脱退魔”の異名をとるほどでしたが、そんな彼が自分の音楽性を100%表現できるソロとして活動することは当然の成り行きでした。最後に参加したバンドのBRUFORDを脱退した時には経済的にも困窮を極め、自分のギターを売り払い、楽器店でバイトをして(!)食いつなぐという状況だったようです。そんなホールズワースがソロとして再起をかけるべく、借金を重ねて自主制作で'82年にリリースしたのが今回ご紹介する2枚目のソロ・アルバムです。ちなみに最初のソロ・アルバム「Velvet Darkness」は自身のオフィシャル・サイトで“録音しなきゃよかった作品”としているほど嫌っているため、本作を実質的なソロ・デビュー作として位置付けたいようです。僕も未聴です。

本作はこれ以降のホールズワースの音楽性を決定づけるアンビエント的なコード・ワークと独特のうねるようなトーンとフレージングによるフュージョン・スタイルの原点となった作品で、それ以前のプログレ時代に聴かせた凄まじい速弾きと鋭い切れ味を時折織り交ぜることにより、通り一遍のフュージョンとは一線を画した緊張感と硬質な感触を生み出しています。リズム・セクションも良い仕事はしているものの全体的に派手さに欠ける作風ですが、それも含めて魅力的と感じられる1枚です。本作リリース後、以前よりホールズワースをリスペクトしていたエディ・ヴァン・ヘイレンの後押しによりWarner Bros.との契約を得て次作「Road Games」をリリースしますが、メジャーに自身の音楽性を干渉されたくなかったのか、その1枚限りで契約を解消、その後シンタックスというシンセ・ギターを導入して独自の世界を更に突き詰めていくことになります。プログレ時代のホールズワースのプレイに心酔するファンの一部には本作以降の音楽性を認めない人たちもいるようですが、そんな声にも一切耳を貸すことなく、商業的な成功にも全く目もくれずにひたすら自身の音楽性を追求し続けたホールズワースは、まさしく求道者と呼ぶにふさわしいギタリストといえるでしょう。以前ご紹介したTEMPESTU.K.も含め、プログレ時代に参加したバンドの作品にも当然クールなものは色々あるので、それらは今後ご紹介していきます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。